大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和46年(わ)35号 判決

〔主文〕被告人は無罪。

〔理由〕一、本件公訴事実は、

「被告人は、かねて長男の中村寿仁(一八年)がノイローゼ様の症状を呈していたことから昭和四五年年一二月七日ころ青森県東津軽郡蟹田町大字小国字岩井一四八番地の祈祷師鈴木キク(八〇年)の祈祷をうけ、その際同女より寿仁の身体には「むじな」が憑いている旨を告げられ、自らもそのような考えを深めるに至つたところ、同月八日午前零時過ぎころ右寿仁の身体に憑いている「むじな」を追い出して退治しなければ同人は勿論自己の家族も「むじな」に殺されてしまうものとの思いにかられ、右同町大字中師字宮本一一五番地の一八の自宅寝室において、寝ていた寿仁に馬乗りとなり、同人の顔面を数回殴打し、シャツを同人の口につつ込んで押えつける等の暴行を加え、よつて間もなく同所で同人を窒息死するにいたらしめたものである。」というのである。

二、被告人が公訴事実記載の日時、場所において、長男寿仁を公訴事実記載のような方法で死亡するにいたらせたという外形的事実は、証拠上明白であるが、本件関係各証拠を検討し、かつこれを総合すると、事件発生にいたるまでの経緯、事件当夜の状況、被告人の事件後における言動等について、次のような諸事実を認めることができる。

1 被告人は、青森県東津軽郡蟹田町で、七人の同胞中の第二子として生れ育ち、小学校六年を卒業したあと家業の農業を手伝うなどし、昭和二六年現在の夫で大工をしている中村寿蔵と結婚し、寿蔵との間に、同二七年長男寿仁および同二九年長女千穂子をもうけ、蟹田町の現住居で主婦として平凡に暮してきた者であり、他方、被告人の長男寿仁は、中学校卒業後大工見習として働くかたわら定時制高校(青森工業高校蟹田分校)に学び、事件当時同校三年に在学していた者であるが、被告人と寿仁との間には、被告人が寿仁を溺愛する傾向があつたことを除いて、格別問題となる事情は認められなかつた。

2 ところで寿仁は、昭和四五年一一月ころから自動車運転免許を取得すべく教習所に通つていたが、教習の際の神経の疲れや教習と学業が両立しがたいという悩み、それに同校一年生の酒井美和子との恋愛関係などがからんで、睡眠不足が重なり、平素の生気を失つて次第にいわゆるノイローゼ状態に陥り、ことに同年一二月三日の夜中、突然飛び起きて「アツチャ」(母親の呼称)と叫び、何かにおびえているように「怖い、怖い」と訴えるとともに被告人に理解できないことを口にするなどのことがあつたので、被告人は、これに強い衝撃を受け、心配の余り一八才の寿仁を抱いて寝てやり、翌四日には、竜飛方面に出稼ぎに出ていた夫の寿蔵を呼戻し、その日はとりあえず「山岸」という町内に住む祈祷師を訪ね、その指示に従つて「バランス」という商品名の精神安定剤を買い求めて寿仁に飲ませ、また翌五日には、風邪気味だとして同町内の田沢内科医に出かけようとする寿仁に同道したうえ、同医師に寿仁の症状を訴えて精神安定剤の投与を受けるなど、寿仁の元気回復のために心を砕いた。

3 しかし寿仁は、翌六日朝になつても症状が好転しなかつたばかりか、前日医師からもらつた薬を飲むことさえ拒むに至つたので、被告人は、途方に暮れ、当時なお同地方の一部に伝えられている迷信に基いて、寿仁に何か「つきもの」がついているのではないかと疑い、その「つきもの」を寿仁の身体から取り除くにはいわゆる「神様」に頼るほかはないと考えて、同日、妹の藤川愛子やおばの蛯名チヨとともに同町中小国部落に住む鈴木キクという老令の女祈祷師を訪ね、祈祷を頼んだ。その際同女は、被告人らに対し、「祈祷を始めると神様が自分の身体に乗り移り、自分の知らない間に自分の口を通して「お告げ」を授けるものである。」旨の説明をしてから祈祷に入り、神様のお告げとして、「寿仁にむじながついている。神前に灯したろうそくから黒いすすが出ているのはその証拠である。寿仁はバイクに乗つて踏切を通つた時黄色い髪をし黄色い角巻を着た女と出会つたはずだ。その女についていた魔物が寿仁に乗り移つた。」とか、「このむじなは年取つた女のむじなでなかなか正体を現わさない。このむじなは女に化けて息子についている。」などという趣旨のことを告げ、「明日「ななくさのあげもの」(七種類の供え物の意味)を持つて来ればそのむじなを離してもらうよう神様に頼んでやる。」と言つて、被告人らを帰らせた。

4 被告人は、右のような「お告げ」を聞き、しかも帰宅後被告人の質問に対し、寿仁がこの「お告げ」にいうような女と会つたことなどを否定しなかつたため、右鈴木の言葉が同女に移り移つた神の言葉であり、寿仁にむじながとりついているものと信じ込み、なんとしてでも寿仁の身体からそのむじなを離してやらなければならないと思い、不安と焦りで熟睡できないまま翌七日の朝を迎えた。そして同日午前中に鈴木が指示した七種の供え物を用意したうえ、前記藤川愛子、蛯名チヨの両名らとともに、再び鈴木方に赴き、鈴木の祈祷を依頼した。この際、同女が「自分はむじなだ。おやじに早く死なれたし、子供が五人もあるので人間にとりつかないと食つていけない。」などのむじなが乗り移つたていの言葉を告げたのに対し、被告人は、右藤川愛子とともに、「好きなものを何でもやるから離れてくれ。」とか「人間にいたずらをせずに山にでも行つてくれ。」と口々に叫んで願い入れるとともに、「何で年寄りなのに若い男につくのだ。」と言つてなじつたところ、右鈴木の口から「年寄りと言つてもまだ若い。一七才ぐらいだ。」と告げられるのを聞いて、寿仁の交際している美和子が寿仁に災厄をもたらしているむじなとかかわりのある者と思い込むに至つたが、この問答時における被告人の様子は、自分一人顔色を青ざめさせ、これまで見せたことのない気性の激しさと懸命の様相を示し、そばにいた妹の愛子が、不思議に思つて被告人の顔を見直し、また鈴木キクも、被告人の目が燃えるように光り家中一杯をにらみつけているのを見てぞつと寒気を覚え、気でも狂つたのではないかと怪しんだほどであつた。

5 そして被告人は、同日の午後愛子らとともに鈴木方から帰宅したあと、寿仁が昼寝の寝言に美和子の名を呼んだとのことなどを聞き、同人に対し、「まだむじながついているかもしれない。むじな、これ食つて早く出て行け。」などといいながら、その日鈴木方の祭だんに供えた赤飯を、手づかみで寿仁の口の中に押し込んだり、さらに寿仁に対し、「美和子から貰つた物は全部出せ。」と命じて、寿仁が交際中に美和子から贈られた首飾りや書物などを集め、これを同日夕刻自宅の裏を流れる蟹田川に捨てたり、寿仁に、お神酒だとして、それまで同人が口にしたことのない日本酒を無理にコップで二杯位飲ませるなどしてその日の夜を迎えた。被告人は、午後一〇時すぎころ六畳寝室に南側から寿仁、寿蔵、被告人、千穂子の順に一旦床に就いた(寿仁は、すでに午後七時ころコップ二杯の御神酒に酔つて寝入つていた)あと、寿蔵が電話に呼ばれて一時床を離れた機会に寿仁の隣に寝場所を移し、その際「自分のせいで寿仁がこんなになつた。」などといいながら片手をあげて酔いつぶれた寿仁の寝顔を拝んだり、意味不明の唱えごとをしながらしきりに祈る様子をし、さらにしばらく時間が経つたころ、犬の格好をし、「ウーウー」と声を出して寝ている寿仁に襲いかかるような仕草をし、夫の寿蔵からそれを制止しようとされるや、「このつぼけ(馬鹿者の意味)、何をするんだ。お前とは夫婦ではないか。お前はどつちの味方をするんだ。これはすずかの犬(愛子の家の飼犬のこと)だ。」などとののしつて同人をにらみつけた。

6 そのような情景を見て千穂子が泣き出したので、皆で朝まで起きていることになり、隣のストーブのある居間に集つて茶を飲んだりテレビを見たりしていたが、その際、寿仁が「みんな暗示にかかつているのだ。催眠術と同じだ。むじななんかいないのだ。」と言つたのに対し、被告人は「寿仁の言葉はみんなむじなが言わせているのだ。」との意味のことをいつて、右寿仁の言葉にとり合おうとはしなかつた。その後夜が更けて寿仁が再び寝室に戻つて布団に入つたところ、被告人は、寿仁の枕元に赴き、「力を授けてくれ。」と繰り返し祈り、あるいは「このむじなめ」と叫びながら、寿仁に対し顔面を手拳で殴打するなどの暴行を加え、寿仁が「ゲッー」という物を吐くような音を立てるや、「この化物め、血を吐いた。本性を現わした。この血がおれの親兄弟を食つた血だ。これを逃がせば家中皆死ぬから逃がせない。これは古い化物だから目玉がどこにあるかわらない。化物が正体を現わすまでこうやつているんだ。この化物め。」というようなことを言いながら、寿仁に対し、その鼻のあたりにかみ付いたり、目に指を突込んだり、馬乗りになつて同人の口腔中にシャツを押し込んだりなどする暴行を加え続けた。その後、右被告人の寿仁に対する暴行の間居間で毛布を頭から被つて恐れおののいていた寿蔵や千穂子に対し、「寿仁が化物に殺された。このままではお前達も殺されるから、おれの身体にさわつていろ。」と命じて同人らを自己の腰のあたりにつかまらせ、そのままの姿勢で、八日の夜明けを迎えたところ、被告人は、「あつ、今逃げて行つた。権現様が現われた。もう離れてもよい。」といつて、自分にとりすがつている同人らに手を離させた。その際、寿仁は、いつの間にか被告人によつて寝室から居間に移され、同所で仰向けに倒れていたが、被告人によつてシャツを口の中に押し込まれたことによる窒息のためすでに死亡していた。

7 被告人は、同八日の朝、寿蔵と千穂子に対し、「新聞やテレビに出ても恥しいことでないから黙つておれ。警察に行つてすぐ帰つて来る。泣くことはない。」などと言い残したうえ、自ら着換えをして蟹田警察署に出頭したが、その際最初に応待した警察官に対し、「今朝息子が死んだ。私は息子についていたつきものが正体を現わしたと思い、そのつきものを払うため息子の上に馬乗りになり顔を叩いたりした。息子と二人でつきものと戦つたが息子が負けてしまつた。かわいい息子を殺したのは「罪障」です。」というような趣旨の申告をした。またその後、被告人は、取調に当つた捜査官に対して、右犯行時およびその前後の認識事情を説明したなかでも、「神様から寿仁を今殺してしまうぞというお告げがあつた。」「大きな鼻でどこまでも指が入つて行くようであつたし、目がガラス玉のように光り恐しかつたのでこれは化物だと思つた。」、「このままでは息子がつきもののため殺されてしまうので、早くつきものを落してやり、むじなを退治しようと思い、寿仁の枕元に行き肩のあたりを両手で締めたら、首がどつと飛び出たので、むじなの首かと思つたが寿仁であつた。その瞬間どつと血を吐き出した。その時寿仁はまだ生きていたようで、シャツを口の中に突込めばあんまり血を吹き上げないから、シャツを口の中につめろという寿仁の声が聞こえた。寿仁の口の中にシャツを押込んでやりながら、化物正体現わせ、と叫んで顔をかきむしつたりしたが、化物は正体を現わさず寿仁だけ死んだ。」、「むじなを退治しようとして乱暴したところ、むじなは手や首をばたばたさせた。寿仁は手足をばたばたさせて権現様と戦つた。つきものが離れたら寿仁は仏になつていた。」、「神様から、口に突込んだものを離せば化物が正体を現わし、家中皆殺しにする、というお告げを受け、警察に行く前まで突込んだままにしていた。寿仁に言われて警察に行く気になつた。」、「寿蔵や千穂子に、お前達も命取られるからアツチャの身体につかまれ、寿仁は死んでしまつた、これから化物を退治するんだ、と言つた。」、「むじなも一緒に死んでしまつたと思つていたが、まだ生きているらしく、時々私の前に姿を現わす。」、「寿仁は死んだが「罪障」につかれているよりは楽になつたと思う。」などという供述を随所で行なつた。(以上は、特に注目に値する供述部分を要約して摘記したもので、必ずしも供述した順序に従つたものではない。)そして、被告人の右の各供述は、被告人がその当時認識していたところにしたがい、これを比較的忠実に表現したものであり、これをわざとわい曲ないし誇張してなしたものと認むべき証拠は存しない。

三、右に認定した本件の具体的事実関係に徴すると、被告人が本件犯行当時かなり顕著な精神障害のもとにあつたことは明らかで、本件について被告人に責任能力があつたとするには多大の疑問を免れない。すなわち、被告人が犯行の前後を通じて示した数々の言動の殆んどは、極端に常軌を逸し、正常人の所為としてその意味を了解することが不可能であり、とくに本件の兇行に出た段階では、被告人は、さまざまな幻覚にみまわれ、すべてその幻覚に導かれて行動し、被告人の意識のうえでは、寿仁の身体と「つきもの」であるむじなないし化物との間の区別が著るしく薄れないしは消え去つて両者が混同されていただけではなく、自己の人格認識すら殆んど失われていたことは明らかであり、このことは、被告人が右犯行直後の段階から鑑定終了後検察官の取調べを受けた昭和四六年三月中旬ころの時期に至るまでの間、最愛の息子を自らの手で死にいたらせたことを一応認識しているようでありながら、それに対する悲しみの感情や罪悪感を微塵も表わさなかつた事情とも照応するものであつて、かような被告人に本件犯行当時理非善悪を弁別しうる能力が備わつていたとは、到底認めるわけにいかないのである。そして鑑定人佐藤時次郎作成の鑑定書およびこれを補足する同人の証言記載(第四回公判調書中)や証人山鼻康弘の公判供述を総合すると、精神医学上の見地からみても、被告人は、低文化圏に生活する知的低格者(各種検査法による知能指数が六一ないし六四程度で、軽愚級に相当する知能障害が認められる。)という環境や資質上の要因に加えて、溺愛していた息子の病気に対する極度の心配と鈴木キクの祈祷により惹起された恐怖感動や予期感動などが原因となつて、いわゆる祈祷性精神病が発病し、ことに本件犯行当時には、その特徴的な症状をことごとく網羅した定型的な祈祷性精神病に罹患した状態にあつたため、意識障害が著しく、ために、正しく事態を判断して、自己の行動を正しく批判する能力を完全に喪失していたと診断されているところ、右診断結果について疑問を差しはさむべき事情はなんら存しない。

四、以上によると、他に、被告人が犯行当時責任能力を備えていたことを認めるに足りる証拠が見当らない本件においては(検察官が指摘するように、数回にわたつて被告人の検察官に対する供述を録音したテープや、そのほか被告人の捜査官に対する各供述調書の中には、断片的にとらえれば、一見被告人が正常な判断力の持主であることを示すかのような供述部分が介在するけれども、右のテープあるいは調書を、それぞれについて全体として検討し、被告人の話し振りをも併せて詳しく吟味するとき、右の各供述段階においても、そこで供述しているのは、依然顕著な精神障害下にある者であるとの結論に達せざるをえないのであつて、右の各断片的資料によつて被告人の責任能力を肯定することは困難である。)、被告人の行為は、心神喪失者の行為に該当すると認めるほかはないから、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をすべきである。

(井上清 本郷元 中条秀雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!